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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)224号 判決

原告 森カネ ほか四名

被告 葛飾税務署長

訴訟代理人 伴義聖 鳥居康弘 ほか二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一〈省略〉

第二当事者の主張

(被告の認否及び主張)

(主張)

一  〈省略〉

二  本件更正決定の根拠について

昇次郎の営業の業態が主張のとおりであることは認める。

各年分の計算の根拠については次のとおりである。

各(一)の収入金額は否認する。担し、別紙三記載の各写真館との取引関係の存否については、同別紙三の認否欄(各年分のB欄)記載のとおりであるが、その数額(単価、冊数)はいずれも否認する(原告らは、別紙三の1「中之台小学校」からの受注のうち、昭和四〇年分について取引のあつたことについてはこれを認めていたが、後にこれを右のとおり否認したものである。)。

各(二)の所得率は争う。被告主張の同業者は昇次郎と営業規模が異なるので、合理性がない。

各(三)の算出所得金額は否認する。

各(四)の減価償却費のうち、昭和四二年及び四一年の建物減価償却費の金額は認めるが、四〇年分については否認する。

各(五)の事業専従者控除額は認める。

(反論)

一  その他の写真館に係る収入金額の推計の不合理性

1 製本外注費に対するアルバム製作代の割合について

被告は、製本外注費に対するアルバム製作代の割合を河村写真館の取引例から求めているが、右割合算出の根拠となつた同写真館の藤田紙器に対する製本外注の取引事例は僅少であり、昇次郎の藤田紙器に対する製本外注の取引事例に比して単価及び冊数において著しく異なるのみならず、被告主張の割合は、各年の差異が大きく(昭和四二年分二八六・四五%、昭和四一年分三一二・九九%)、アルバムに組み込まれる文字及び2カット印刷用の厚板作成に必要な外注の費用が考慮されていないし、写真館からの注文冊数以外に作成する学校保存用、教員及び写真館用のサービス、不良品があつた場合の予備分が無視されているので、被告の用いた推計方法には合理性がない。

2 推計の基礎資料について

被告が主張する、昇次郎の藤田紙器に対する製本外注費(別紙三)については、その根拠となつた資料に信憑性がないのみならず、別紙三の中には、昇次郎とかつて全く取引関係のない学校あるいは写真館が含まれ、かつ当該年において取引のなかつた学校も存在するから、右を用いた収入金額の推計は合理性を欠くものである。

二  所得率の不合理性

被告は、所得金額の推計にあたり法人であるコロタイプ印刷業者のうち、コロタイプが三台以下であり、かつ主として学校卒業記念アルバムを取扱つている同業者の平均営業利益率を適用している。しかし昇次郎の係争各年における収入金額は、被告の主張によつても、昭和四二年分が、四、九四六、三〇四円、四一年分が五、八五九、六一四円、四〇年分が五、三七〇、三〇六円であるのに対し、前記同業者の収入金額は昇次郎の二ないし五倍であつて、規模が異なるものである。また昇次郎の使用していたコロタイプは一台で、旧式の小型なものであつて、性能が劣るものである。のみならず、昇次郎の取扱う学校は小学校、中学校が多く、高等学校は一部にすぎなかつたのであり、冊数及び単価において同業者との差異は著しく、営業利益率も低くならざるをえない。

このような昇次郎の営業規模、営業状態を無視してなした被告の推計方法には合理性がないというべきである。

(原告らの認否、反論に対する被告の主張)

一  原告らは別紙三の1「中之台小学校」からの受注のうち、昭和四〇年分について取引のあつたことについてはこれを認めていたところ、後になつて否認した。右は自白の徹回に当るものというべきであり、右撤回には異議がある。

二  製本外注費に対するアルバム製作代の割合について

原告らは、被告の用いた製本外注費に対するアルバム製作費の割合が不合理である旨反論するが、以下の理由から失当である。

1 河村写真館の取引例による場合(製本外注費を一〇〇とした場合の製本外注費に対する製作代の割合)は昭和四二年分二八六・四五%、昭和四一年分三一二・九九%であり昭和四〇年分は右割合の平均値二九九・七二%によつたものである。

ところで、通常コロタイプ印刷業者が写真館から受けるアルバム製作代のうち製本業者に支払う製本外注費は二三ないし二五%であるのが一般である。

右割合を、製本外注費を一〇〇とした場合の製作代の割合に換算すると、製本外注費が二三%の場合は、四三四・七八%、二五%の場合は四〇〇%となり、河村写真館の取引例による各年分の収入割合よりはるかに高い割合を示している。

2 さらに、被告の主張で所得率を算出するため抽出された同業者五件のうち、製本をすべて外注しているA、C及びDの外注費に対する売上(収入)金額の割合は次表のとおりであり、各年分とも河村写真館の取引例より高い割合を示している。

(一) 昭和四二年分

記号

売上(収入)高(円)

外注費(円)

外注費被対する売上

(収入)高の割合%

二八、五九八、五一七

七、一八四、八一一

三九八・〇四

一二、四〇三、六七六

二、九八四、八三六

四一五・五五

一三、〇二九、四九二

二、八四七、〇三六

四五七・六五

平均

四二三・七四

(二) 昭和四一年分

記号

売上(収入)高(円)

外注費(円)

外注費被対する売上

(収入)高の割合%

二三、七九一、九三一

五、八九一、八一八

四〇三・八一

一八、八五四、七六八

四、七九一、五〇七

三九三・五〇

一三、三四〇、三八〇

三、六五四、〇〇一

三六五・〇八

平均

三八七・四六

(三) 昭和四〇年分

記号

売上(収入)高(円)

外注費(円)

外注費被対する売上

(収入)高の割合%

二〇、九五九、三三九

五、三〇七、一二二

三九四・九二

一二、五一一、四三七

二、三〇五、九一一

五四二・五八

一二、七一〇、五二六

三、八三四、三七六

三三一・四八

平均

四二二・九九

以上述べたとおり、河村写真館の取引例による割合は、業界の常識的な割合や同業者の割合に比較しても各年分とも低く、河村写真館の割合を適用して求めた昇次郎のその他写真館分の収入金額は、むしろ昇次郎に有利な取扱いであり、その推計方法は合理性があるというべきである。

しかも、前述のとおり帳簿書類の提示もなく調査に非協力な昇次郎の所得金額を算定するにあたつて昇次郎の収入金額の一部を推計する場合、前記の方法以外により適切な方法が考えられないので、仮に取引例が少なくとも河村写真館は昇次郎と取引のある業者の一人であり、しかも河村写真館と同業の者からの昇次郎の収入金額を推計するのであるから、河村写真館の昇次郎との取引金額が適正な記帳された帳簿及び藤田紙器の取引実例によることは合理的な方法であるといわなければならない。

三  所得率の合理性について

原告らは、被告の用いた同業者の営業利益率が不合理であると反論するが、以下の理由から失当である。

即ち、同業者の抽出基準は前記のとおりであるから、その抽出に際し恣意的な考慮をさしはさむ余地はないものである。

同業者は、いずれもアルバム製作を業としているが、このうちA、C及びDは、印刷業務は自社で行ない、製本業務は、すべて外注によつており、同業者Bは、製本業務のうち概ね三〇%を外注し、その余は自社で行ない、同業者Bは、表紙のみを外注し、その余は自社で行なつているものである。ところで、被告が主張する同業者の営業利益率が合理性を有するものであることはすでに述べたとおりであるが、仮に、昇次郎と同様に製本業務をすべて製本業者に外注している同業者に限定して営業利益率を検討すれば、昭和四〇年ないし四二年の各年分とも同業者B、Eが排除されるべきことになる。しかし、同業者B、Eを排除してみても、同業者A、C及びDについての平均営業利益率は昭和四〇年分四〇・九八%、四一年分四四・七六%及び四二年分四六・二四%となるから、本訴において被告の主張する各年分の平均営業利益率即ち、昭和四〇年分三八・五三%、昭和四一年分四二・〇八%及び昭和四二年分四三・二五%をそれぞれ上廻る結果となる。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件更正決定の経緯等について

請求原因一の事実は当事者間に争いがない。

二  推計の必要性の有無について

被告は、本件更正決定及び本件訴訟において昇次郎の事業所得金額を推計により算出している。

そこで、右の推計の必要性の有無について判断するが、右の必要性に関する被告の主張のうち、被告所属の係官渡辺真男が、昇次郎の所得税の調査のために、昭和四三年九月四日から同月二五日までの間に三回に亘り昇次郎宅へ臨場したが、同人が不在で面会することができず、またその間昇次郎方へ三回電話したが、いずれも昇次郎が応待せず一一月八日に至つて、電話により昇次郎と話をすることができたが、その際同人は被告の取引先講査により大口取引が廃止になつた旨抗議し、調査に応じなかつたことは、当事者間に争いがない。

右の争いのない事実と〈証拠省略〉を総合すると、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告は、昇次郎の本件各係争年分の所得税確定申告書記載の収入金額が、被告の収集した取引資料に徴して過少であるとの疑いを抱き、更に、昇次郎が昭和三九年不動産を取得したことから、右取得と事業所得との関連を調査する必要を認め、被告所属の係官渡辺真男にその調査をさせた。右係官は前示のとおり、前後三回にわたる臨場調査、四回にわたる電話照会により、妻の原告森カネ、長男の原告森省三及び昇次郎に対して、昇次郎の売上金額、仕入金額及び経費に係る帳簿あるいは原始記録の有無、取引先の写真館名、原材料の仕入先、製本の外注先等について質問したところ、原告らは虚偽の製本外注先を述べるなどして係官の調査に対して非協力的な態度に終始した。しかも昇次郎は帳簿書類を全く記帳していなく、請求書や領収書等の原始記録も保存していないものである。

前記の争いのない事実及び右認定のような事情のもとにおいては昇次郎の事業所得金額は、これを推計によつて算出するより他に方法がないものというべきであつて、従つて推計の必要性は十分肯認できるものといわなければならない。

三  本件更正決定の根拠について

昇次郎の各年分の事業所得金額の算定に関する被告の主張の適否について判断する。

1  昇次郎が係争各年度分につき河村写真館との取引においては印刷のみを請負い、同写真館以外の写真館等との取引においては印刷及び製本を請負い、製本につき藤田紙器に外注していたことは当事者間に争いがない。

2  収入金額

(一)  河村写真館及び島写真館分

(1) 昭和四二年、四一年分

」〈証拠省略〉によれば、被告の主張するとおりの収入金額が認められ、これに反する証拠はない。

(2) 昭和四〇年分(但し、河村写真館分のみ)

〈証拠省略〉によれば、昭和四〇年度においても河村写真館は昇次郎に対してアルバム印刷を発注していたが、同写真館に対する反面調査が不可能であつたこと、同写真館が同事業年度に藤田紙器に発注したアルバムの製本代は七〇一、八四〇円であることが認められこれに反する証拠はない。

右のように昇次郎の河村写真館がらの印刷代収入について、反面調査によつても把握できない情況のもとにおいては、同写真館が藤田紙器に発注したアルバムの製本代である右金額に〈証拠省略〉によつて認められる同写真館が藤田紙器に対して発注した製本代に対する原告に発注した印刷代(原告の収入)の昭和四二年、四一年分の平均割合一九九・七二%を乗じて算定した被告の推計方法には、違法は存しないというべきである。

(二)  その他の写真館分

被告は、その他の写真館の収入金額として河村写真館の取引に係る製本外注費に対するアルバム製作代の割合に、昇次郎の藤田紙器に対する製本外注費を乗じて算出した金額を主張している。従つて、右推計方法の合理性は、(1)河村写真館の取引例による割合を適用することの合理性及び(2)右製本外注費の正確性いかんにかかつていることになる。

(1) 河村写真館の取引例による製本外注費に対するアルバム製作費の割合

〈証拠省略〉の結果を総合すれば、次のとおりの事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。被告は、その他の写真館の収入金額を各写真館に対する反面調査によつて直接には把握することができず、他方、河村写真館との取引に関しては同写真館の昇次郎に対する印刷代金額が前示のとおり同写真館に対する反面調査(但し昭和四二年、四一年分のみ)にもとづき、同写真館の藤田紙器に対する製本代金額が藤田紙器に対する反面調査に基づき、それぞれ把握できた。そして、河本写真館は昇次郎に印刷を発注したアルバムの製本に関しては、すべて藤田紙器に発注していたものである。

ところで、河村写真館の藤田紙器に対する製本代金額の把握は、藤田紙器の売上帳に基づくものであるが、本件全証拠によるも、右金額の正確性を左右するに足りる事実は認められないのみならず、かえつて〈証拠省略〉によれば、河村写真館から受注したアルバムに係る学校として法政大学が含まれていたこと、冊数が多かつたこと等の事実が認められ、これらの事実とも符合し、基礎資料の数額は十分に信憑性を有するものと解せられる。

そうすると昇次郎の他の写真館に係るアルバム製作収入を河村写真館の取引例により推計したことは、右の事情のもとにおいては、やむをえないものであり、かつ、河村写真館、他の写真館のいずれも学校の卒業アルバムの印刷、製本に関する取引であり、河村写真館との取引に何ら特殊事情も認められない本件においては、被告のなした推計方法には合理性があるものということができる。

なお、昭和四〇年については、河村写真館に対する反面調査によつては、同写真館の藤田紙器に対する製本代が把握できなかつたので、被告は、製本外注費に対するアルバム製作代の割合につき、昭和四二、四一年の平均割合を適用しているが、右推計方法にも、前記事情のもとでは、不合理であるとすることができない。

原告は、河村写真館の取引例が僅少であるから、被告の推計方法は不合理である旨主張する。しかし、その他の写真館の取引による収入金額は後記認定のとおり被告主張の金額よりも少額であり、また原告森カネ同森省三の本人尋問の結果によつても河村写真館は昇次郎の主要な取引先であることが認められるから、これらの事実に照らしても本件推計方法は合理的なものであり、その他原告らの指摘する推計方法の不合理性、即ちサービス、予備分の発生も河村との取引のみの特殊事情とはいえないので、理由がないというべきである。

(2) 製本外注費(その他の写真館分)

被告は、その他の写真館に係る製本外注費として、別紙三のとおり主張する。

右主張の当否は次のとおりである。

(イ) 〈証拠省略〉によつて認められるもの〈証拠省略〉は、前記渡辺が藤田紙器に赴いて代表者の妻と面接し、売上帳及び雑記帳から島写真館分を除いて転記したものであるが、右雑記帳は正規の売上帳から除外したものを記載し、数冊を数えるが、昇次郎関係の取引あるいは売上事項のみを記帳したものであるか否かは必らずしも明確ではなくまた、〈証拠省略〉は、右二種の帳簿のうちいずれから転記したものであるかも明らかではないものではあるが、〈証拠省略〉記載のアルバムの注文冊数は、被告が各学校に照会した各年の卒業生数と概ね一致し、原告森カネ、森省三本人尋問からも取引関係の存在が窺われるものも多数あること等の事実が認められ、さらに〈証拠省略〉は、公務員の通常の職務遂行の際に作成されたものであつて、作成の過程での過誤はないものと解せられることを併せ考えると、〈証拠省略〉記載のとおりの取引が、昇次郎と藤田紙器との間において行なわれたものと認めることができる(但し、後述(ハ)記載の取引は、この限りではなく、また〈証拠省略〉、石岡第一高校の昭和四一年分の製本外注金額七二、〇〇〇円は、七四、一六〇円の違算であり、被告主張のとおりの金額が認定される。)。

(ロ) 〈証拠省略〉によつて認められるもの

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨を総合すれば、次表記載の取引が、昇次郎と藤田紙器との間において被告主張のとおりの冊数及び単価で行なわれたことが推認される。

単位円

別紙三の番号

学校名

写真館名

昭和四〇年分

四一年分

四二年分

11

谷津小学

高山写真館

一四、一九〇

一三、〇九〇

12

鷺沼小学

七、八〇〇

六、五〇〇

16

豊富小学

一一、六六〇

九、〇二〇

18

二ノ宮小学

一〇、二三〇

19

御滝中学

二二、八〇〇

20

薬円台中学

二二、九九〇

26

石岡城南中学

中村写真館

一八、一七〇

31

千代田中学

二九、四四〇

34

出島北中学

二七、八三〇

35

堅倉中学

二三、九二〇

二五、四一五

38

園部中学

一一、五五〇

一二、八八〇

(ハ) 〈証拠省略〉に記載があるが、認められないもの

次表のとおりである。

別紙三の番号

学校名

写真館名

認定しない年分

1

中之台小学

直受

昭和四〇年、四一年

7

松戸高校

杉浦写真館

昭和四〇年、四一年

8

松戸第四中学

不明

昭和四一年

14

千葉高校

丸山写真館

昭和四〇年

(a) 中之台小学校(昭和四〇、四一年分)

〈証拠省略〉によれば、昇次郎の次女悦子の同校卒業年にあたる昭和四二年分についてのみ、特別に写真館を介さずに直接受注したものであることが認められ、その余の年分に係る被告主張の取引は行なわれているとは認められず、この点に関して右認定に反する〈証拠省略〉は、前記作成経緯に照らして採用できないので、被告の主張事実は認められない。

なお、原告らは、はじめ、昭和四〇年分について取引のあつたことのみを認めていたが、後にこれを否認し、昭和四二年分について取引のあつたことのみを認めるに至つたものであるところ、被告はこれが自白の徹回に当るとして異議を述べている。しかし、取引の単価、冊数、外注金額等の具体的事実と切離した単なる取引の存否自体は自白の対象となる事実とはいえないから、右が自白の徹回とならないことはいうまでもないことであるのみならず、原告らが当初にした認否は前示認定のとおり真実に反するものであり、かつ原告らが右のような認否をしたのは、畢意、原告森悦子の卒業年に関しての錯誤に基づくものであると推認されるので、被告の右異議はいずれにしても理由がないといわなければならない。

(b) 松戸高校(昭和四〇年、四一年)杉浦写真館

松戸第四中学(昭和四一年)不明

千葉高校(昭和四〇年)丸山写真館

〈証拠省略〉によれば、昇次郎は、杉浦写真館、丸山写真館とは全く取引を行なつたことも、また松戸第四中学校につきアルバムの製作を行なつたこともないことが認められ、この点に関して、右認定と反する〈証拠省略〉は、前記の作成経緯に照らして、たやすく措信しがたいので、被告の主張事実は認められない。

(ニ) その他、右(イ)ないし(ハ)の認定を左右する証拠はないが、附言する。

〈証拠省略〉には、末広写真館分(〈省略〉)につき、被告主張に沿つた記載はあるが、右は、各係争年分を十分に吟味した上での回答書であることは到底認められず、〈証拠省略〉はたやすく援用し難く、被告の主張事実は認められないことになる。

また、東村山中学校(〈省略〉)、楽園社写真場分(〈省略〉)、みづほ写真館分(〈省略〉)、につき〈証拠省略〉によれば、当該年分の取引がなかつた旨の記載、供述があるが、いずれも、当該年分以前には、取引が行なわれていたことが認められること及び〈証拠省略〉によれば、昭和四〇年分までの取引(楽園社写真場については、四一年までの取引)の記載があることからして、原告らの右供述部分は、たやすく措信し難く、結局、前述のとおりの取引金額が認められることになる。

(3) そうするとその他の写真館に係る製本外注費は、昭和四二年分七九五、六七〇円、四一年分六四二、〇九五円、四〇年分一、〇九〇、〇一〇円となり、右各金額に、前記認定の本件各係争年の河村写真館の取引例における製本外注費に対するアルバム製作費割合を乗ずると、次表のとおりとなる。

年分

その他の写真館の収入金額

算出方法

昭和四二年

二、二七九、一九六円

七九五、六七〇円×二八六・四五%

昭和四一年

二、〇〇九、六九三円

六四二、〇九五円×三一二・九九%

昭和四〇年

三、二六六、九七七円

一、〇九〇、〇一〇円×二九九・七二%

(三)  従つて昇次郎の収入金額は次のとおりとなる。

年分

収入金額

昭和四二年

四、三九二、七九六円

昭和四一年

四、四九四、七九三円

昭和四〇年

四、六六八、六九一円

3  所得率

(一)  〈証拠省略〉並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

東京国税局長は、昇次郎に対する税務調査として、各税務署長にあてて東京国税局管内(東京都、神奈川県、千葉県及び山梨県)に本店の所在地を有するコロタイプ印刷業を営む法人で、コロタイプ印刷機の所有台数が三台以下で、かつ、主として学校の卒業記念アルバム(全体の売上(収入)高のうちに占める割合が八〇%以上)を取扱つているものをすべて抽出して、その昭和四〇年ないし四二年の各三月を含む事業年度分の営業利益、課税事績を報告するよう求めた。そして、その調整要領としては、昇次郎が個人事業者であることから、同業者につき個人換算をするため、「売上原価及び営業費」については各法人の当該項目から人件費、建物に係る減価償却費、支払地代家賃、支払利息、貸倒引当金繰入額、賞与引当金繰入額、退職引当金繰入額を控除し被調査法人については法人名に代えて、アルファベットの記号を記載すること等を通達したこと、そして、右通達に対する回答によつて本件各係争年分につき、被告主張のとおりの売上(収入)高、売上原価及び営業費、営業利益のAないしEの五件(同一記号は同一法人である。)が抽出された。右五件の同業者は、いずれもアルバムの製作(印刷及び製本)業務を行なつているのであるが、製本については、同業者A、C及びDはすべて外注によつているのに対し、同業者Bは概ね三〇%を外注し、同業者Eは、表紙のみを外注しているものである。また右同業者は、アルバム製作の受注をいずれも写真館を経由しているもので、学校から直接受注することはない(但し、同業者Bは本件各係争年のうち一、二件について直接学校から受注している。)。ところで昇次郎は、葛飾区亀有においてコロタイプ印刷機一台を設備し、学校の卒業記念アルバムを印制する個人事業者であるが、個人によるコロタイプ印刷業者は全国に昇次郎が一件だけしかないため、東京国税局長の前記通達は東京コロタイプ印刷協同組合に加入しているコロタイプ業者の本店所在地を管轄するすべての税務署長にあてて発せられたものである。

(二)  右認定の事実によれば、被告が前記認定の同業者を抽出選定するにあたり恣意を容れる余地はなかつたことは明らかであり、しかも右により抽出された同業者の営業利益率から算出される平均所得率を適用して昇次郎の所得金額を算定することは合理的な推計方法というべきである。

そして、前示回答による各金額に基づいて算出される右各同業者の営業利益率及びこれから算出される平均所得率は係争各年分につき被告主張のとおりの割合となる。

(三)  もつとも同業者B、Eは、自社内で製本業務を一部行なつており、昇次郎と業態が異なるものではあるが、本件各係争年における右同業者の営業利益率は、次表に示すとおり同業者AないしE五件の平均営業利益率よりも低率であるので、右同業者を排除することなく同業者五件の平均営業利益率によつて昇次郎の所得金額を算出することは不当ではないというべきである。

(単位%)

Bの営業利益率

Eの営業利益率

平均所得率

昭和四二年

三六・一七

四一・三六

四三・二五

昭和四一年

三七・七一

三八・四三

四二・〇八

昭和四〇年

三一・八二

三七・八九

三八・五三

(四)  また、昇次郎は、河村写真館との取引においては、各係争年分とも印刷業務のみを請負つたものであり、この点においては比準同業者と異なるわけであるが、アルバム製作の受注に比べて、印刷のみの受注の方が利益率が高率であることは明らかである(けだし、製本外注費は、経費となるからである。)ので、右の実態の差異によつては、原告らにとつて何ら不利益な結果は生じないものということができる。

(五)  更に、被告の抽出した比準同業者の売上金額は、右同業者相互間及び前示認定の昇次郎の売上金額と比較すると、かなり開差のあることが認められる。

しかし、右同業者についてみると、各係争年とも売上金額はBが最高であるが、その営業利益率は最低であり、他方、昇次郎と同じ業態のA、C、Dは売上金額が比較的少額であるのに営業利益率は概ね高率を示している等、売上金額と営業利益率との間には、前者が多ければ後者が高いというような一定の相関関係の存在することは認められないのである。そうとすれば売上金額に前示のような開差があるからといつて、これをもつて被告のした推計方法に原告らに不利益な不合理が存すると断ずることはできないものというべきである。

(六)  以上要するに、前示(三)ないし(五)の冒頭において摘示したような各事実は、被告のした推計方法を不合理ならしめる程の決定的な要因ではないといわなければならない。

(七)  しかも、昇次郎は、前示のとおりコロタイプ印刷機一台による零細な経営を行なつていたものであるところ、かような個人事業者は全国に一件も存在せず、そのため同業者選定の基準としたのは、コロタイプ印刷機三台以下であつて、小規模の業者を抽出する等、昇次郎の営業規模に可及的に類似するよう配慮されていたこと等の事情からすれば、他により合理的な所得率の算定方法があるともいえず、かつ原告らにおいて被告の主張する推計方法によることを不合理ならしめる程の顕著な特別事情が存在することにつき何ら主張、立証もしていない本件においては、被告のした推計方法は、前示判断のとおり結局合理的なものとして維持されるべきであるといわざるをえない。

(八)  そうすると昇次郎の算出所得金額(特別経費控除前)は、次のとおりとなる。

年分

算出所得金額

算出方法

昭和四二年

一、八九九、八八四円

四、三九二、七九六円×四三・二五%

昭和四一年

一、八九一、四〇八円

四、四九四、七九三円×四二・〇八%

昭和四〇年

一、七九八、八四六円

四、六六八、六九一円×三八・五三%

4  特別経費

本件各係争年分の特別経費のうち、昭和四二年、四一年分の建物減価償却費の金額(昭和四二年、四一年分とも四四、六〇六円)及び本件各係争年分の専従者控除額(昭和四二年分三〇〇、〇〇〇円、四一年分二八五、〇〇〇円、四〇年分二二五、〇〇〇円)については当事者間に争いがない。

昭和四〇年分の建物減価償却費については弁論の全趣旨により被告主張の算出方法によるその主張に係る全額が必要経費に算入されるものと認めるのが相当である。

5  所得金額

以上昇次郎の算出所得金額から、前記三の4の特別経費の金額を控除すると、昇次郎の事業所得の金額を算出すると次のとおりとなる。

(単位円)

昭和四二年

一、五五五、二七八

昭和四一年

一、五六一、八〇二

昭和四〇年

一、五三七、三七三

四  結語

以上のとおりであつて、昇次郎の本件各係争年分の事業所得金額は、いずれも被告のなした本件更正処分決定(裁決により一部取消された後のもの)に係る事業所得金額を下回わらないのであるから、本件更正決定は適法というべきである。

よつて、原告らの本訴各訴はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山下薫 内藤正久 飯村敏明)

別紙一ないし三〈省略〉

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